エメラルダス2
作成:1997.12.07 更新:2003.05.18
- ドラマ 前編
- その昔、エジプトの神官達によって語られ、ソロンの手を経てこの地に伝えられた物語を、クリテアスはプラトンに語るのであった。
ヘラクレスの柱の彼方に住む人々と、こちらに住むすべての人々との間に戦が起こったと語り伝えられてから、9千年もの歳月が経った。アトランティスは地震のために海底に没し、泥と化した。これがこの国から彼方の海へ船出する人々の船路を妨げ、前途を阻む障害となった。だが、アトランティスはかつて、ギリシャやアジアよりも大きな島であった。
無限に広がる暗黒の宇宙。その暗闇の中で数多の星が生れ、輝き、そして死んでゆく。2500億もの恒星が渦巻く銀河系。この広漠たる星雲の中を行く一隻の宇宙船があった。
船体に描かれた不気味な髑髏のマーク。異郷から訪れたような巨大な鉄の鯨、クイーン・エメラルダス号。今、船は何のためらいもなく、一つの星に向かって突き進んでいた。太陽系第3惑星、ひときわ青く輝く星、地球であった。
クイーン・エメラルダス号のコンピューターは、地球に高等な生命体のあることを、船の持ち主に知らせている。
長く孤独な旅を続けているエメラルダスも、久しぶりに心の隙間を埋めてくれるものに会えそうな気がしていた。
エメラルダス:「美しい星。美しい星は悲しい。生れてから、ただ汚れていくことが、その星の歴史になる。クイーン・エメラルダス、あの星の陸地をパネルスクリーンに映し出して。」
クイーン・エメラルダス号のパネルスクリーンいっぱいに映し出された星は、悲しいほどに美しかった。
エメラルダス:「星は確かに生きている。2億年ほど前に来ていたら、これらの大陸はひとつの塊だったに違いない。それが、何千世紀という物悲しい巡りを経て、いくつかの大陸に分かれていく。この気の遠くなるような壮大なドラマを見ることは、神にしか許されていない・・・。クイーン・エメラルダス、この星から放たれている異常波を分析しておくれ。」
アナライザーは一つの回答をエメラルダスに教えた。
エメラルダス:「地の底で、何か大きな変動が起こっているのね。それが地表に筋となって表れている。こうして上から見下ろすと、まるで星の息づかいが聞えてくるよう。この地に住む人々は大陸がうごめいていることを知らずにいる。」
エメラルダスは、濃い緑に生い茂れる大陸の下でうごめいている不穏な状態を、人々に告げるべきかどうか悩んだ。多くの者の命を救うべきかどうかを苦悩していた。細くしなやかな指先で、エメラルダスはおのれの頬に残る傷痕をそっとなでた。かつて、人に情けをかけたがために負った苦い傷である。エメラルダスはじっとスクリーンを見据えていた。
エメラルダス:「クイーン・エメラルダス、ここに着陸して。」
クイーン・エメラルダス号の噴射する熱気が、一瞬、漆黒の宇宙を紅に染めた。
暁、アトランティスの人々は、いつもとかわらぬ平凡な一日の始まりを迎えた。空には一点の雲もなかった。肌に心地よい風が町中を吹き抜けていく。海は穏やかであった。はるか沖合いから、3隻の船が点となって姿を現した。
サリアン:「ベルテス、ベルテス、船が来たよ。ベルテース!」
サリアン:「ベルテス、起きて。船が来たよ。ベルテス。」
サリアン:「ベルテス、起きて。迎えに行かなくちゃ。ギリシャから船が帰って来たよ。」
ベルテス:「ギリシャから船が?」
サリアン:「みんな波止場に集まってるよ。」
ベルテス:「本当か。」
サリアン:「嘘だと思うんなら、窓からのぞいてごらんよ。」
ベルテスは、窓から波止場を見下ろした。
ベルテス:「帰ってきた。船が帰ってきた。エリーナが帰ってきた。」
サリアン:「早く迎えに行かなくちゃ。」
ベルテス:「もちろんだとも。サリアン、ありがとう。」
ベルテス:「エリーナ、エリーナが帰ってきた。俺の妹が帰ってきた。はははははは。3年だ。3年ぶりだ。はははははは。エリーナに会えるぞ。エリーナに会えるんだ。」
ベルテス:「エリーナ、エリーナ。どこだ?どこにいる?エリーナ!・・・船長。おーい、船長,。船長、俺だ、ベルテスだ。エリーナは?エリーナはどこにいる?船長の船で戻ったんだろう?」
船長:「ベルテス」
ベルテス:「どうした、船長。そんな恐い顔をして。」
船長:「ベルテス、エリーナはいない。」
ベルテス:「いない?いないって。帰って来なかったのか?船長、どうした。エリーナはどこだ?」
船長:「エリーナはもう帰ってこない。永遠に。」
ベルテス:「まさか・・・」
船長:「運が無かったんだ。」
ベルテス:「どうなったんだ?エリーナはどうなったんだ?」
船長:「ギリシャで起こった戦争で、死んだ。」
ベルテス:「嘘だ。」
船長:「ベルテス、お前だけじゃない。ここに出迎えに来た人のほとんどが、子供や兄弟や友人を失っているんだ。」
ベルテス:「嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ」
船長:「ベルテス」
ベルテス:「嘘だ、嘘だぁー」
走り去ったベルテスの行方を見つめる船長の後ろに、どこからともなく風のように現れたエメラルダス。大宇宙の彼方までをも見通す、その冷たい瞳と頬に深く残った傷は、この地に風雲を告げるかのようであった。
エメラルダス:「吹いているのは風、流れているのは涙。頬に残るかすかな痛み。愛は哀しい。」
船長:「うーん、美しい響きだ。何の歌だ?」
エメラルダス:「私の心の傷が癒えたとき、誰も私を愛さない。頬に散った赤い薔薇が枯れたとき、誰も私を愛さない。」
船長:「あんた、よそ者だね。」
エメラルダス:「そう、あの男は何故?」
船長:「うーん、かわいそうに、あいつは心から愛していた妹を失ったんだよ。」
エメラルダス:「失うものがあるということは、幸せを持っているということね。」
船長:「ん?あんた、一体誰なんだ?どこから来たんだ?」
エメラルダス:「私はエメラルダス。宇宙を旅する魔性の女。」
エメラルダス。人は大宇宙の魔女と呼ぶ。この魔性の女に会った者は、必ず死ぬという。哀しい女、孤独な女、エメラルダス。
エリーナの命を奪ったギリシャ。そのギリシャに激しい憎悪の念を燃やすベルテスは、アトランティスきっての賢人、ゴルギアスの元に走った。
ベルテス:「ゴルギアス、ゴルギアスはいるか?ゴルギアス。」
ゴルギアス:「わしは、まだ耳は遠くない。声を荒立てんでも聞える。」
ベルテス:「ゴルギアス、俺はもう我慢できん。」
ゴルギアス:「まあ、座れ。顔を上げて話をすると疲れるのでな。」
年老いたゴルギアスはベルテスの殺気立った様子に動ずる事なく、落ち着いた口調で話すのだった。
ベルテス:「ゴルギアス、妹が、エリーナが死んだ。ギリシャでの戦いに巻き込まれて。」
ゴルギアス:「そうか。気の毒なことをした。いい娘だったのになぁ。」
ベルテス:「俺の妹だけじゃない。今、ギリシャの起こしている戦争で命を失っているのは、アトランティス人だけではない。ギリシャと戦っている国の人間、もちろん、数多くのギリシャ人達も死んでいる。このまま放っておけば、永遠に戦いが終わることはないだろう。だが、アトランティスがギリシャを支配下に置けば、戦争を起こさせるようなことはしない。ギリシャと戦えば、確かに一時的に死ぬ人間は増える。しかし、長い目でみれば、その方が死ぬ人間は少ない。」
ゴルギアス:「他の国の争いごとに、我々が口出しをしてはいけない。」
ベルテス:「何故だ。俺は正しいことをやろうとしてるんだ。」
ゴルギアス:「誰がそれを正しいと証明してくれる。如何なる理由があろうとも、武器をもつようなことをしてはいけない。」
ベルテス:「それが平和のための戦いでもか。」
ゴルギアス:「武力によって、平和がもたらされたことは一度も無かった。ベルテス、お前も知っているだろう。アトラス山のふもとにある神殿を。はるかな昔、アトランティスの人間達は、国中にあった武器という武器を全て集めて、あの神殿の下に埋め、封印した。それは、数々の戦を経たアトランティス人が、武力はただ破壊するだけで、何物をも生み出さないことを悟ったからなんだ。あの神殿の封印を破ったとき、平和で豊かなアトランティスは滅び去る。」
ベルテス:「ゴルギアス、あんたの言ってることはきれいごとだ。今こそ我々は、武器をもって立ち上がらなければならない。それこそが平和で豊かなアトランティスを守る道だ。ゴルギアス、あんたにはわからないんだ。」
ゴルギアス:「ベルテス、どこへ行く。」
ベルテス:「ゴルギアスにはわからないんだ。今、何をなすべきかということを。今ならばギリシャに平和をもたらすことができる。必ずできるはずだ。」
エメラルダス:「そう思う?」
ベルテス:「誰だ?」
エメラルダス:「私はエメラルダス。」
ベルテス:「何者だ?何の用だ?」
エメラルダス:「あなたに興味があるわ。」
ベルテス:「悪いが、俺は今、女とかかわっている暇などないんだ。」
エメラルダス:「あなたはギリシャと戦うつもり?」
ベルテス:「俺達の話を聞いていたのか。」
エメラルダス:「あなたの声が大きいから、嫌でも耳にはいるわ。」
ベルテス:「俺は、アトランティスのために、ギリシャのために、みんなのために戦うつもりだ。それが俺の使命だと思う。」
エメラルダス:「戦えば死ぬかもしれないわ。」
ベルテス:「死ぬ事など恐くはない。俺が死ぬ事がみんなのためになるならば、何も恐れはしない。」
エメラルダス:「あなたに本当の勇気と信念があるのなら、うまくいくかもしれない。何をすべきか考えることね。」
ベルテス:「何をすべきか・・・。何をすればいいんだ?」
エメラルダス:「わたしにはわからない。でも、あなた一人では何もできないわ。」
ベルテス:「俺一人・・・。そうか、何かをするためには仲間がいるな。そうだ、みんなに話せば俺の考えに同調してくれる人間がかなりいるはずだ。まず、みんなに訴えることだ。それが手始めだ。エメラルダス、感謝するぞ。」
エメラルダス:「わたしは何もしていないわ。」
ベルテス:「いや、俺の決心を固めてくれたのはあんただ。あんたは俺の運命を変えた。」
エメラルダス:「わたしは何も変えてはいない。」
ベルテス:「お前は不思議な女だ。強い女だ。そんなにも繊細な身体のいずこからそのような強さが湧き出てくるのか、不思議だ。それに、お前は美しい。」
エメラルダス:「わたしは頬に傷のある女よ。心にも。」
ベルテス:「心の傷が治れば、アトランティス一美しい女になるだろう。いつしかきっと、心の傷を治してくれる男に巡り会うに違いない。俺にもし、戦いというものが無ければ・・・」
エメラルダスに会うことによって、決意を固くしたベルテスは、街の中央広場へと急いだ。
もしかすると、あの男が自分の捜し求めていた相手かもしれない。エメラルダスはそう思った。いつのまにか、エメラルダスの背後にゴルギアスが立っていた。
ゴルギアス:「エメラルダスとか言ったな。」
エメラルダス:「ゴルギアスね。」
ゴルギアス:「何故、あの男に近づいた?あの男は迷っていたんだ。そっとしておけば何をすることもなく済んだかもしれん。それが、あんたに会ったおかげで、誤った道を走ろうとしている。」
エメラルダス:「わたしがいなくても、きっとあの男はそうしたわ。」
ゴルギアス:「お前は危険な匂いがする。どこから来たのか知らないが、アトランティスにはふさわしくない。もはや手後れかも知れんが、ここから出て行って欲しいものだ。」
エメラルダス:「わたしの行く所はわたしが決める。誰もわたしに命令することはできない。」
ゴルギアス:「あんたは、多くの修羅場を駆け抜けてきた顔をしている。強い顔だ。だが、同じくらい寂しい顔をしている。その寂しさをあの男に埋めてもらうことを望んだとしても無駄だろう。あの男はあんたを包めるほど大きくはない。普通の男だ。」
エメラルダス:「普通の男でも、何かを持っているような気がする。」
ゴルギアス:「何もありはしない。錯覚だ。お前のような女でも、ふとした心の迷いが生じることもあるのだな。人間は心底から悪魔にはなりきれない。そこにまだ救いがあるのだ。」
(「お前は強い女だ。それにお前は美しい。」)
- (挿入歌)男たちのバラード
- 作詞/山川啓介 作曲/来生たかお 編曲/乾 裕樹 歌/町田義人
- (歌詞はねーやんのミュージックサロン参照)
- ドラマ 後編
- 戦いが始まった。アトラス山麓にある神殿の封印を破り、武器を手にしたアトランティス人は船に乗り、ギリシャに攻め込んだ。真っ白な石畳を次から次へと鮮血が赤く染めていく。その彩りは漠として広がる青空、紺碧の海原にふさわしいものではなかった。戦いは一進一退の体を様していた。ベルテスは肩に傷を負い、アトランティスに戻ってきている。若い娘ミリアーネは、昼夜を分かたずベルテスの傷の手当てをしている。
ミリアーネ:「どう?まだ骨にひびく?」
ベルテス:「いや。もう、ほとんど傷みはなくなった。」
ミリアーネ:「この傷が治ったら、またギリシャに行ってしまうの?」
ベルテス:「ああ、行かねばなるまい。」
ミリアーネ:「行かないで欲しい。行ってはいや。」
ベルテス:「俺もお前に会ってから、死ぬのがいやになってしまった。」
ミリアーネ:「ね、傷がまだ治っていないことにしたら?そうすれば行かずにすむ?。」
ベルテス:「だが、ギリシャに援軍を送らねば。」
ミリアーネ:「何もあなたが船にのることはないわ。」
ベルテス:「しかし、それでは裏切り者になってしまう。もともとこの戦争は俺が仕掛けたものだ。それはできない。」
ミリアーネ:「あなたは、ずっとこのまま怪我がなおらないことにすればいいわ。」
ベルテス:「しかし・・・」
ミリアーネ:「そうよ、そうすればいいんだわ。ねえ、あたしのために、お願い。」
ベルテス:「ああ、そうだな。何も俺が行くことはないんだ。お前がいる限り俺は死ねない。」
ミリアーネ:「ベルテス」
ベルテス:「・・・ミリアーネ」
昼下がりの穏やかな日であった。賢人ゴルギアスは中央広場に立ち、
民衆にギリシャから立ち退くよう、熱い口調で訴えている。
ゴルギアス:「アトランティスに住む者達よ。恥ずかしくはないのか。祖先に背き、武器を手にしたことを恥ずかしいとは思わないのか。今、お前たちは熱にうかされている。自分達がギリシャ人達より優れていると思い込んでいる。優れた者がギリシャを支配するのは当然であると考えている。それ間違いだ。アトランティス人がギリシャ人より優れていた唯一つの点は、武器を持たないことだった。それが今はどうだ。農夫や漁師がくわや網を持つ代わりに、武器を携えている。自分達の顔をよく見てみろ。殺伐とした邪悪な顔をしている。あの穏やかなアトランティス人の顔はどこへ行った。他の者より優れた人間になりたいと思ったら、今すぐ武器を捨てることだ。」
ベルテス:「それは違う。」
ゴルギアス:「ベルテス」
ベルテス:「諸君、今、武器を捨ててはならない。もうすぐ、アトランティス人はギリシャに打ち勝つ。そうすれば、真の平和がやってくるのだ。我々が今なすべきことは、その時期を早めるため、さらに多くの戦う者達を船に乗せ、ギリシャに送り込むことだ。」
ゴルギアス:「愚かしいことを。そんなことをすれば悲劇が増えるばかりだ。武器は武器を呼び、こちらが武器を増やせば、あちらも武器を増やす。それはとどまることを知らない、無限に地獄の世界だ。諸君、ベルテスの言うことを聞いてはならない。戦いを止めるんだ。武器を捨てろ。武器など何の役にも立たん。」
ベルテス:「武器が役に立たないものかどうか、ここで証明してみよう。」
ゴルギアス:「ベルテス、な、何をする。うわっ、ぐーっ」
ベルテスの剣がゴルギアスの胸に刺さった瞬間、その壮絶な光景が遠く離れたエメラルダスの脳裏に映った。エメラルダスの瞳がきらりと冷たく光った。
陽は既に水平線の間近にまで降りてきている。金色に輝く水面をエメラルダスはじっと見つめている。
潮騒が心地よく耳をくすぐる。静かな夕暮れであった。エメラルダスは船の集まっている波止場に歩いていった。
エメラルダス:「船長。」
船長:「ん?何だ?あぁ何時だったかここでお前さん会ったことがあるな。」
エメラルダス:「覚えがいいわ。」
船長:「ふふふふ。あんた、変な女だからな。それで、何の用だ?」
エメラルダス:「船にたくさんの武器が積んであるわね。」
船長:「おお、それがどうした?」
エメラルダス:「全て海に捨てなさい。」
船長:「馬鹿なことを。何を言い出すと思ったら。」
エメラルダス:「命が惜しかったら、無駄なものを全て海に捨てなさい。その分、できるだけ多くの人間を乗せなさい。」
船長:「いいか、ここにある船はな、明日みんなギリシャに行くんだ。ベルテスの命令で武器と剣士を乗せてな。」
エメラルダス:「あなたの家族を見殺しにしたいの?」
船長:「何だって?ふん、どういうことだ?」
エメラルダス:「この島はもうすぐ沈むわ。」
船長:「へへへへはははははは、あんた、どうかしてるぜ。変な女だとは思っていたがよ。ふははははははは。」
エメラルダス:「もう一度言うわ。家族を見殺しにしたいの?」
エメラルダスの氷のように冷たい言葉に、船長は息を呑んだ。
船長:「あんた、何だってそんなこと言うんだ。ふん、いったいどんな根拠があるんだ。」
エメラルダス:「わたしはあなたが死んでも構わない。ただ、知っていることを教えただけ。」
船長:「じゃ、みんなの噂していることは本当なのか。
アトラスの神殿の封印を破った報いがくるというのは本当なのか。」
ゴオオオオオオオオォォォォォォ
船長:「はぁあ、また地面が揺れてきた。はぁあ、か、かか神が怒ってるんだ。もう、こうしちゃいられねぇ。もう、戦争なんてのはくそくらえだ!」
船長は、妻と息子のいる家に走った。日が沈み、アトランティス大陸はすっかり闇に覆われた。地の底から重く不気味な音が間断無く続いている。その音にふっと身体がつつみこまれるように感じたその瞬間、火柱が立ち昇った。
空は赤く染まった。噴煙が吹き上げ、天に散りばめられた星々を視界からさえぎる。どろどろとした血のような煙が頭上をとらえ、雷鳴が轟き、稲妻が天空を走った。地に立っているのが困難なほど大きく揺れ動いていた。人々は群れをなして海へ向かった。
「キャァァァァー」
ミリアーネ:「ベルテス」
ベルテス:「ミリアーネ、手を放すな。波止場へ、波止場へ行くんだ。」
ベルテスはミリアーネを引きずるようにして走った。逃げ惑う人々の背後に、何本もの火柱が立ち昇り、アトランティスは地獄と化した。
船長:「船に乗れ、船に乗れー。早く乗るんだ。も持つな。荷物は全部捨てるんだ。さぁ、早くしろ。乗れるだけ乗ったらすぐに船を出す。あと二人だ、あと二人乗ったら船をだすぞー。」
サリアン:「乗せてー、船長、おいらも乗せてー」
船長:「サリアン、早く、早く来い。ほら、飛び乗るんだ。」
ベルテス:「待てー、あと二人は俺達だ。」
船長:「ははっ、ベルテス」
ベルテス:「俺とミリアーネが船に乗る。」
船長:「しかし、サリアンの方が早い。」
ベルテス:「この剣が見えないか。いいから、いいから俺達を乗せるんだ。」
船長:「ベルテス、俺を殺したら船を思うように動かせないぜ。」
ベルテス:「お前を殺しはしない。誰か一人を降ろすんだ。早く降ろせ。」
船長:「サリアン、勘弁してくれ。こいつは、こいつは俺のせいじゃない。」
エメラルダス:「子供を乗せなさい。」
ベルテス:「エメラルダス・・・」
船長:「あんたは素人だからわからないだろうが、これ以上は無理だよ。いや、俺は船との付き合いが長いから勘で分かるんだ。あと一人乗せたために、沈んで全員の命を失ってしまうことがあるんだよ。」
エメラルダス:「そう、それじゃ残るのは、ベルテス、あなたね。」
ベルテス:「俺が?いや、俺は死にたくない。」
エメラルダス:「ふふふふ、はははははは。前にあなたと話したとき、あなたは死ぬことなど恐くはないと言ったわ。」
ベルテス:「いや、そんなことは知らん。」
エメラルダス:「確かに言ったわ。」
ベルテス:「あの時はあの時だ。今は違う。死にたくない、死ぬのはいやだ。」
エメラルダス:「でも、あなたが一度言った言葉は消せない。」
ベルテス:「何故だ。何だって俺ばかり責める。生き残るのは自由だ。この世界は強い者が生き残るんだ。それが掟だ。強い者が生きることが何で悪い。俺は強いから生き残る。生きる権利があるんだ。」
エメラルダス:「ならば、あなたには権利が無い。あなたはわたしを殺せるほど強くはない。」
ベルテス:「俺とやる気か。」
船長:「もう、誰でもいい。早く乗らねえと出発するぞ。」
ベルテス:「エメラルダス、悪いが死んでもらう。」
エメラルダス:「あはははははは。あなたにわたしは殺せない。」
ベルテス:「死ね!」
ベルテスは剣を抜き、エメラルダスに襲いかかった。エメラルダスの腰に吊るされた剣が、一瞬のうちにベルテスの胸を貫いた。
ベルテス:「どわっ」
ミリアーネ:「ベルテス、ベルテスー。」
ミリアーネはベルテスをかかえて絶叫した。その泣き叫ぶミリアーネの腹部にサリアンの小さな手が鋭い一撃を食らわせた。
エメラルダス:「サリアン。」
サリアン:「ちょっと乱暴だったけど、こんなところで泣かせてる暇はねぇんだ。早いとこ船に乗せなくっちゃね。」
エメラルダス:「サリアン、あなたは本当に賢くて勇気のある子ね。」
サリアン:「えへへへ。でも、お姉ちゃんどうするの?そのままじゃ死んじゃうぜ?」
エメラルダス:「わたしのことだったら心配はいらない。自分の船を持っているから。」
サリアン:「なら大丈夫だ。お互い無事だったら、またどっかで会えるね。」
エメラルダス:「かもしれないわね。」
船長:「おい、船を出すぞ。早く乗れ。」
サリアン:「今行くよ。お姉ちゃん、さようなら。」
エメラルダス:「わたしは言わない。さようならは言わない。またどこかで巡り会いたい者には。」
ゴゴゴゴゴォォォ
クイーンエメラルダス号は、はるか大気圏の外にあった。エメラルダスの澄んだ瞳はパネルスクリーンに置かれたまま、動くことをしなかった。地球に降り立つ前にあった大陸が、そこにはなかった。エメラルダスはそっと瞳を閉じた。
エメラルダス:「ベルテス、ほんの一時、夢の中をさまよったただの男。ゴルギアス、有り余る知恵を生かすことができなかった男。船長、自分さえよければいいのね。ミリアーネ、可哀相なことをしたわ。サリアン、もし、あなたが逞しい若者だったなら。いいえ、歴史にもしという仮定は禁物だったわね。」
エメラルダスは何かを思い出すように、頬に深く残る傷を押さえた。
(「武器は武器を呼んでも、平和を呼ぶことはない。」)
エメラルダス:「クイーンエメラルダス、この星から離れて。」
クイーンエメラルダス号は永遠の時間に吸い込まれていった。青い地球は一瞬のうちに小さな点となった。エメラルダスは頭の中でサリアンの小さな叫び声を聞いたような気がした。
- (挿入歌)美しい女・・・エメラルダス
- 作詞/山川啓介 作曲/来生たかお 編曲/乾 裕樹 歌/町田義人
- (歌詞はねーやんのミュージックサロン参照)
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